お客様の声・体験談 | サニーブライド 国際結婚フィリピン

美人フィリピン女性

上記はイメージ画像

お客様よりいただいた体験談をご紹介しています。

コロナ禍での交際の貴重な体験談です(新潟のO.S様)

「こちらの国際結婚フィリピンにお世話になる前に、違う国際結婚サイトにも相談していましたが、 そこでは私の思うようなサービスを受けることが出来ないだろうと不安になり、その時にこちらの深沢代表に相談をさせていただいたことが、今の花嫁候補の彼女に、出会うことが出来たご縁であり感謝しています。

一昨年(2019年)の12月にこちらのお見合いで彼女と出会い、意気投合し、結婚を約束したので、本来ならば、昨年(2020年)の4月にフィリピンへ渡り、婚約の書類手続きをして、今夏には結婚式を挙げて、彼女が日本に来るまでの準備をしている筈でした。

昨年4月の渡航ギリギリまで、深沢代表に相談していましたが、コロナ禍でフィリピンに渡航できなくなり、これからどうして行こうかと不安でしたが、私からの相談に対する的確なアドバイスを深沢代表からいただきながら、今日まで来れました。

今はコロナで彼女とは会えない状況ですが、彼女とは毎日LINEで会話をし、お互いの心や生活を支え合いながら、二人で結婚式を待ち侘びています。

無事に家庭を築いた時には、子供が好きなので、出来たら2人くらい欲しいと彼女とも話しながら、会って直接話しができる日を首を長くして待っている今日この頃です。」

O.S様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

コロナ禍での交際の貴重な体験談です(福島のY.H様)

「①愛に目的地があるのなら、目的地が同じであることがメ一ルやビデオから、気付きました。Jさんの明るさと律儀さ、私を理解しようとする気持ち、これらは私の心の渇きを潤ってくださり、今、生きる力となっております。

②コロナは1つの試練と割りきり、毎日Jさんの健康を思いまた、自分自身の範囲で出来るコロナ対策を、怠らないようにしています。

③現在、農業に専念しております。これからも農業に専念して行きます。将来(15年後くらいに)必ず転機が訪れて来ますので、スムーズに移行出来るように、今から対応の準備をしていきます。

④子宝に恵まれるのであれば、誠心誠意を尽くし、2人で、子供たちが、世のため人のために貢献していく、人間になっていくよう、育て上げて行きます。

⑤両親も妹と夫婦も、その子供たちも、全員喜んでいます。

⑥現状に至ることができましたのは、サイトで国際結婚フィリピンにたどり着き、深沢代表に出会えたからです。 メディア、特にテレビが扱う情報は信頼度の高いものです。「テレビで紹介された」をサイトで見たとき、これは他の追随を許さない、信頼できるサイトであると直感しました。

そして見て、本当に良かった。また、実績の数々のビデオを見て驚きました。1つ1つのビデオから、嬉しさ、喜びが伝わってくるのです。

これらはすべて、深沢代表の心あるシステム構築によるものであると思いました。

初めて深沢代表と電話で話したとき、人との出会いを大切にしてくださる、立派な方であることを感じました。」

Y.H様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

コロナ禍での花嫁様来日の貴重な体験談です(大阪のR.S様)

「今年2月13日にようやくフイリピン妻がフィリピン航空で来日してくれました。(注:2021年です)

一昨年12月に突如、発生した武漢の新型ウイルスが翌年、全世界に拡散してしまい、当初、遅くとも昨年6月には来日しているだろうと予想していた花嫁がコロナ禍の為、外国人の入国禁止、日本が鎖国状態となり、 いつになったら来日できるのか全く見当もつかなくなりました。

一昨年の10月にこちらの結婚相談所を通して知り合った妻とフィリピンで結婚し、その後日本の当家に嫁ぐまで、じつに1年4カ月も経過していました。

ようやくこちら初老で結婚できた2度目の花嫁とすぐに新婚生活をおくることができず離れ離れに過ごしました。

コロナ禍での、日本来日までの経緯ですが、

昨年7月には、大阪入国管理局から在留資格認定証明書が発行されました。

喜んで妻にメッセンジャーで連絡し、それをEMSで発送しました。その頃は現地の郵便局が再開されていました。

10月に国際便が再開されてきましたが、コロナの終息の見当のまったくつかない中、突然、代理店が再開されたと妻からメッセンジャー連絡がありました。 (注:フィリピンでは在フィリピン日本大使館への直接申請ではなく指定代理店を通してのビザ申請になる)

その際の必要書類である誓約書等に記入捺印してほしいと連絡がありました。 突然の連絡に何のことか意味がわからず深沢所長にメールで尋ねました。

すると現地スタッフを通し妻に連絡してくれたのは深沢さん本人からだとわかりました。

深沢所長は、ロックダウンで閉鎖されていた代理店が10月に再開されたタイミングに、すぐに現地スタッフ動員し、申請手続きを取り計らってくださいましたが、 結局妻は11月の私からの月次手当てを受け取ってからようやく代理店に申請しに行きました。

勇んで代理店に足を運びましたが、すぐに申請を受理されませんでした。 追加の書類を準備し11月中旬に申請を済ませてくれました。

その後、日本大使館は本当にヴィサ発行してくれるのか、フィリピン日本大使館に、(僕にとっては)杉原千畝のような人物はいてくれるのか、とヴィサの発行を、願っていました。

12月7日になって突然妻からヴィサが発行されたと連絡がありました。

それで急いでこちらへの航空チケットを予約してもらおうと思いましたが、1月中旬までのフライト予定されていたLCCのジェットスター便はすぐに売り切れてしまいましたので、 フィリピン航空の1月10日便に予約させました。

ところが12月末に突然、日本政府は1月末まで全世界からの入国禁止を発令したとネットニュースが流れました。

妻にそのニュースを伝えると、彼女、すぐに出発日を2月7日に延期しました。

2月7日の便、待っていましたが、航空会社の都合で延期されてしまいました。

来日後、妻から聞いたはなしでは、フィリピン航空の乗客が50人集まるまでフライト延期されていたとのことです。

フィリピン航空、延期、延期でようやく2月13日(土)にフライトしました。

当日、妻から、昼過ぎ、関空到着したと連絡が入りました。その後PCR検査うけ陰性。現地でも搭乗2日前にPCR検査うけて搭乗しているので大変だったと思います。

関空からこちらの自宅までハイヤーを依頼予約していましたので、在留カードを取得してようやくハイヤーに乗車しました。

ハイヤー乗車後1時間でこちらの家に到着しました。

彼女フェイスシールドして薄着のワンピース姿でかばんも2つと簡素ないでたちです。

こちらの両親と笑顔であいさつし、自宅2階にあがりました。

当日は温暖でしたが2月です。

母親がすぐこちらに服を渡してくれて彼女に羽織るよういいました。

その日は買い物してきたステーキ2枚を調理師免許のある高齢の父親に焼いてもらって2人で食べました。

翌日、彼女、(物置状態の)部屋を片付けしだしました。

「私はハウスキーパで嫁いだのか?」と笑いながら、半日で綺麗に部屋のレイアウトを変えました。

彼女マニラの高級ホテルで働いたこともあるので、片付け上手です。

その後毎日、家の中の洗面台やお風呂等断わってピカピカに磨いています。

素晴らしい、明るい妻です。

ところか゛10日後の夜、妻が布団の中で泣いていました。 やはり、将来の不安とホームシックで悲しくなったと思います。

でも明るいフィリピン女性なので、しばらくしてすぐに笑顔をみせてくれました。

「子宝を授かると、私は孤独から解放される。」と話していました。」

R.S様、前回の下記のコメントに加え、またまた貴重な体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

大阪のR.S様(54才)がお寄せ下さったコメントです。

「数年前に他所の結婚紹介所の紹介で、30歳年下のフィリピン妻と、結婚しました。その新妻、結婚後、こちらに懐かず、来日後、半年もせず新居を出て行き、その後、帰国して戻って来ず、離婚することになりました。

しばらく意気消沈して過ごしましたが、今年たまたまゴールデンウィーク中、こちらの深沢所長の運営される国際結婚フィリピンというサイトを目にしました。

コンタクトをとると、すぐ所長の方から電話連絡してくれ、こちらの前妻の愚痴話等いろいろ話を聞いてくれました。

入会・お見合いするに当たり、けっこう好き勝手なお見合い相手の条件をつけました。細身で、若く、容姿端麗、美人。また子供を望む女性で、こちらの親と同居してくれること。こちらが渡す手当は、仕送りに充てないよう等。

注文つけすぎて、説教されるかもと思いましたが、こちらの要求を聞いてくれ、複数のお見合い相手をセッティングしてくれるとのことです。それでコース代金を分割してもらい、こちらに入会しました。

お見合い相手を紹介頂く前に、コース代金の半額を納め、プロフィールをメールで送ってもらい、半信半疑、マニラに赴きました。

こちらの所長、手配した日本語に堪能な現地スタッフを巧みに、日本から遠隔指揮し、見事お見合いを仕切ってくれてました。

合コンのようなお見合いの宴席で、ラテン系の、のりのいい、屈託のない笑顔の素敵な女性が多いと感じました。

今度のフィアンセCさんの職業は、美容師で、日本人男性と結婚して、豊かな家庭を築き、幸せに暮らすことを望んでおり、できるだけ彼女の期待に添えられるよう精進したいです。

実際お見合いに来てくれた複数の女性陣とお店で打ち合う前に、フィアンセCさんは、待合わせ時間の30分も前にフロントに来て待ってくれ、エレベーターから降りたこちらと目が合うと、笑顔で微笑み、横の通訳さんの袖をとって知らせてくれました。

Cさんは優しい声で、奥ゆかしい感じのする女性で、お見合いした翌日、こちらの実家に嫁いでほしいと通訳さんを通して打診しました。Cさん、日本の女性のように、躊躇せず、条件をださず(私見)、喜んですぐ同意してくれました。

その後、当方とフィアンセCさんを通訳さんがナビゲートして、3人で楽しくマニラの観光地、サンチャゴ要塞とリサール公園を散策しました。

2回目のマリッジライセンス渡航前に、残りのコース代金を納め、再度マニラ空港へ向かいました。

2回目の渡航時、フイアンセのCさん3時間も前に空港に来て、こちらが空港から出てくるのを待っていてくれました。(そのためこちらの現地スタッフ2名も、つき合わされ早い時間から待っていてくれました。)

現地のスタッフを見ていると、フィリピンは、ちょうど日本の60年代の高度成長期のように経済発展著しく、一所懸命に仕事に従事する、まじめな勤労者が多いように感じました。

またその2日後、日本大使館で手続きを終えたこちらが帰国するにあたり、世話人さんが空港までタクシーを手配してフィアンセCさんと共に同乗し、見送ってくれました。こちらが空港の建物内に入り姿が見えなくなると、フィアンセのCさん急に寂しくなって、大泣きしたそうです。

世話人の現地スタッフさんがスマホで写真を撮り、日本に戻ってから所長を経由し、その泣き顔をハンカチで覆うフィアンセの写真を見せてもらいました。

意地らしい可愛らしいフィアンセです。」

R.S様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

宮城県のE様(44才)がお寄せ下さった体験談です。

「40代半ばに差し掛かり、人生に対していろいろと考えるようになりました。

この先、前向きに考えられるなら良かったのですが、極端な話ですが、このまま仕事して、家族もいなく、人生終わってしまうのかなと落ち込み、相当悩んでいたところでした。

恋愛に関しては、正直言えばモテていたと思います。40代でもまだまだ大丈夫かと思っていましたし、彼女もいない時の方が少なかったです。

しかしながら私には三度の離婚経験があります。日本では偏見を持たれ、私の前では結婚の話はご法度とされ、心ない人には当然酷いことを言われました。

離婚にどんな理由があるとしても、わかってくれる人はいないんだなと… 友達と過ごすのもやめていたので、休日はのんびりしていました。

スマートフォンの写真を整理していたところ、私の趣味は旅行でしたので、どこか行きたいなぁと考えていました。

その中で、仕事でフィリピンに行った事を思い出しました。フィリピン女性は、すごく綺麗だったし、人懐っこいなぁとか、親切だなぁとふと思い出しました。

日本人女性との恋愛は、うまくいくはずもないと考えていた自分には、フィリピン女性がいいと思うようになりました。でも、三度の離婚の事があるので無理なんだろうと諦めていました。

インスタグラムやインターネットでフィリピンの女性を見ては、やはり綺麗だなぁと癒されていました。

その辺りから日本女性に全く興味がなくなりました。

日本人女性とまた付き合ったとしても、一から離婚の説明をするのも面倒だし、もう傷つくのがとても嫌でした。文化的にも難しいなと…

この状況から私はフィリピン女性との結婚を真剣に考え、何か方法がないかとインターネットで検索していました。

しかし、口コミではやはり現実味がなく、被害の話ばかりでした。やっぱり人生そんなに甘くないと、また悲観的になりました。

でも、人生絶対に後悔したくないし、子供は絶対に欲しい、離婚を隠した生き方はしたくない。仕事も好きな人の支えがないと心もなんだか苦しくなっていました。

もう一度休みを使って調べ尽くそうという考えになり、私は税務会計の仕事をしているので、調べることには長けていました。

その中で、ここは代表の方も自ら顔を出している、テレビにも出ている、女性もいろいろなタイプの方がいる。

他だと芸能人みたい人ばかりで現実味がないので、まず話を聞いてみたいとメールしました。

返信いただいた時には、ある程度の私の話はメールしていたので、断られることも覚悟していましたし、若しくは年上の方になることも想定していました。

メールを見た時には、若くて素敵な女性も大丈夫です。一度話をしたいのでという事で、私の都合に合わせて連絡いただきました。

深沢さん(注:当サイト運営代表者)から、連絡いただいた時には、本当に親身になって話をしていただき、自分は他の会社の被害の話ばかりも気になっていましたが、深沢さんのところは流れがしっかり整って、フィリピンの事を知り尽くし、知識がすごいので間違いないと安心しました。

話もしっかり聞いてくれるし、深沢さん自身がフィリピンの方と結婚しているので、私の中で納得して、お願いしました。

その後、深沢さんと打ち合わせをしながら、フィリピンに渡航する日程、自分がいいと思う女性などを伝えました。

深沢さんはフィリピンを知り尽くしているので、渡航までの準備など完璧な状態で行けました!

正直、ここからは毎日楽しい時間にしか感じなかったです。毎日HPを見ては、この人もいいなぁとなり、深沢さんに連絡してはお願いしてました。深沢さんも大変だったかと思います(笑)

私のプロフィールを見て女性に判断頂いてたので、自分が一番に希望していた女性から、返信のメールが来た時には、本当に今までの曇っていた心が一気に晴れました。

また、事前に女性のプロフィールを暗記して行ったので、現地で女性と対面した時には、皆さんの名前がわかる状態でした。

素敵な方ばかりで悩みに悩みました。10名を超えてしまいましたが(笑)

フィリピンの治安状況などは事前に深沢さんから聞いていましたが、現地スタッフの方がとても親切、楽しい、カバンなどにも気を使ってくれて、本当に助かりました。

自分の場合は、初日のお見合いで行く前から希望していた女性と結ばれることができましたので、スタッフの方がその後のお店やスポットなど丁寧に案内してくれました。

結婚式のドレスや指輪などのお店もスムーズに案内していただきました。言葉の面もしっかり通訳してくれるので、非常に楽しく、コミュニケーションを取ってくれます。非常に満足です。ずっと、友人、家族のような関係になれる絶大な信頼を持っています。

何度も言ってしまいますが、行く前から、こんな素敵な女性と結婚できるならと強い気持ちで決めていました。

彼女が一番最初にお見合い会場に入って来た時のあの笑顔は今も忘れられません。

本当に可愛いくて、優しく、無邪気な女性です。なかなか日本では出会えないと思います!

のろけてしまいますが、出会ってすぐに彼女も強い思いを持ってくれてるんだと感じました。

意思の再確認をしたかったので、「本当に日本に来れる」って聞いたら、「直ぐにでも」って言ってくれたので、今から楽しみでなりません。今はLINEを使って毎日帰国後もコミュニケーション取っています。

彼女の日本語を少しずつ使ってくれてるところが本当に可愛いくて、楽しいです。

私は正直、彼女のような素敵な女性と結婚できるとは思いませんでした。でも、こんな夢のような人生が待っているとは、人生諦めなくて本当に良かったです。

これからは子供もハーフになるので、楽しみばかりで、自分は可愛い女の子が欲しいです。

私は44歳で、彼女は23歳、本当に心から彼女が大好きです。絶対に幸せにします‼︎」

E様、前回の下記の当日のお便りに加え、トータルの過程を振り返った素晴らしい体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

宮城県のE様(45才)がお寄せ下さったお便りです。

深沢様

いつも、お世話になっております。
本日、Kさんに決まりました!
彼女からの愛情を深く感じ、私も彼女の純粋で清楚なところにとても魅力を感じ、Kさんは泣いて喜んでくれました。
私も涙を堪えるのに必死でした。
深沢様には、改めて感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。
感謝しきれません。

E

E様、素晴らしいコメントをお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

三重県のT.K様(60才)がお寄せ下さったコメントです。

「お世話になります。フィリピンに来て、Mさん(注:写真左)という善き人と出会うことができました。本当に感謝申し上げます。

深沢さん(注:当サイト運営代表者)の会社を選ぶ前に、いくつかの会社のサイトを見たりメールで問い合わせたりしましたが、モデルのような女性の写真ばかりで首をかしげたくなるような会社や、メールに即応しないサイトには信頼性が感じられませんでした。

私のメールに対してすぐ深沢さんからお電話をいただき、その熱心な語り口で他社と比べて自社の優位性を強調されたので、深沢さんにお願いすることにしました。

マニラでは、現地のスタッフの女性にしっかりサポートしていただきましたので、助かりました。

お会いしたのは真面目なフィリピン人女性ばかりで、こうした出会いをセッティングされた深沢さんと現地スタッフに感謝しています。」

T.K様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

3. 岐阜県のH.Y様(61才)がお寄せ下さったコメントです。

「Kさん(注:結婚を決めた女性。写真左)に巡り合わせていただき、本当に有難うございました、これで人生を悔いなく生きられそうです。一日でも長く一緒にいたいから、色々な面で頑張りたいです。

次回、渡航予定として、今まであまり長く休みを取ったことがないので、今回は7日間休むことにしました。(有休も40日残っていますので)

少しでも彼女と長くいたいのもあります。

まるで若い子が言うようなこと言って、さぞかしお笑いのことと推察します。

私は、Kさんに出会ったことは、運命ではないかと思っています。

今まで、他の結婚紹介所にも登録したこともありましたが、お金だけ使って良い出会いはありませんでした。

今回は、Kさんという理想の女性に巡り合うことができました。(Kさんが随分若いから少しとまどいましたが)

Kさんを一目見たときから私の心は年甲斐もなくときめきました。

そして、2回目に合ったとき確信しました、この子は運命の人だと。(私一人が勝手に思っているのですが)

日本人妻と離婚してから、これまで本当に何もいいことがなかった人生、いっそ死にたいと思ったこともありました。

でもKさんに出会って、本当に生きていてよかったです。

深沢さん(注:当サイト運営代表者)には、出会いの場を作っていただき感謝申し上げます。」

H.Y様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

愛知県のS.H様(54才)がお寄せくださった体験談です。 (^^)v

1)お見合い

「アジアの女性の方と結婚するのは日本の女性に相手にされない男性と言うイメージがあるかもしれませんが、僕は、日本の女性と結婚しようと思えばできる経済的余裕やステータスはある地位だと思います。

ただ離婚歴やクリスチャンと言うと、日本の女性は最初から何か色眼鏡で見られてしまう場合もありますし、教会に来られるフィリピンの女性の芯の強さと優しさに惹かれたところで、このサイトに出会いました。

深沢様(注:当サイト運営代表者)のお人柄から、この方なら大丈夫と思いました。もちろん、他のサイトとも比較しましたが、自然体でしたし、こちらかの疑問も丁寧に答えてくださいました。

現地女性との無料メール交換サービスを通じてメッセージをやり取りさせて頂いているうちに、何となく、向こうの女性の僕への愛情がわかる気がしました。

僕の選んだ女性は、まめに僕のメッセージに返事をくださって、真剣さが伝わってきました。

現地に着く前から、深沢様とのやり取りで心配はなかったのですが、ちゃんと意中の女性は現れました(笑)。サクラは、いないなぁと実感しました。

彼女を選んだのは、5人来るはずの女性が、現地で、事情により3人になりましたが、その3人は、まめに連絡をしてくださった方でした。

選ぶ、選ばれるとなると真剣と緊張が交錯しますが、彼女を選んだのは、僕を気に入ってくれたこと、そしてメールにあった通りのことを話してくださったこと、ご自分の家族を大切に思われていること。これは全員そうでした。

そして、とてもキュートでした。後、彼女の職業が普通だったことです。他のお二人も、とても良い方で、選ぶことが悪いことをしているように思ってしまうほどでした。(僕が選ばれるかは別ですが 汗)

また、スタッフさんもとても良い方ばかりで、滞在に全く心配はありませんでした。とても、気持ちの良い滞在でした。」

2)書類提出、結婚式

「先回、私はお見合いのための渡航を致しました。その後、未来の妻とは、SkypeやMessengerで連絡をほぼ毎日とりあっていました。

今回は、2回目の渡航です。

1日目は、婚姻要件具備証明書の申請が目的なので、かなりナーバスになってました。マニラ空港着後、先回と同じように頼りになるスタッフさんと未来の妻が出迎えに来てくれました。

そこから、直接、在フィリピン日本国大使館に向かい、婚姻要件具備証明書を申請をしました。日本大使館というところには、他の国への渡航も含めて初めて出向くので、外務省の方の対応など厳しいのか、どうなのか、まぁ不安です。

大使館のゲートのセキュリティは厳重な上に厳重、緊張しましたが、大使館の敷地に入ると、ここは日本なんだなぁと、何となく変な感慨が・・・、入館しての手続きはとてもジェントルな職員さんに、拍子抜けするぐらいあっさりと申請終了でした。

これで、1日目の重要目的は終了です。この後は、ホテルにチェックイン、海側の部屋で素敵な眺めです。(注:お客様は自費でホテルをアップグレードされ、変更されました)

モールに行って結婚指輪、彼女の靴、結婚に必要な小物などを購入後、スタッフさんと夕食をとって、彼女と部屋に戻り、会話後、就寝です。

2日目は、婚姻要件具備証明書の受領が午後になりますので、午前中は、ホテルの部屋で、彼女と会話、お互いの考えや国の違いを確認しあったりしました。

その後、スタッフさんに、お出迎えして頂き、昼食をとりがてら、大使館に出向き婚姻要件具備証明書を問題なく受領しました。

ショッピングモールでフィリピンで結婚を申請するための書類の作成をスタッフさんにアドバイス頂きながら作成、これが結構時間がかかりますが、簡単です。

後は、ショッピングモールで、彼女のウエディングドレスや招待状などの購入に時間をあてました。女性にとっては、ウエディングドレスは結婚式に大変大切なものですから、彼女が満足できるものを探したい一心でした。

購入が終わるのが遅くなったので、ショッピングモール内のディンタイフォンで食事しました。日本と同じ味で安心して食べていましたが、彼女はお箸が使えないので、悪いことしたなぁと反省ですね。

3日目です。この日は、午前中に遠方からおみえになる彼女のご家族をスタッフさんとともにお迎えしてから、ご家族の宿泊されるホテルにチェックイン後に、昼食をとりつつ、オーシャンパークに行きました。この道中の間、常にボディーガードとして、ドライバーさんが気を利かしてくださって、本当に安心できました。

ご家族はとてもフレンドリーな方たちばかりです。オーシャンパークで十分楽しんでいただいた後、ご家族の宿泊されるホテルで、歓談させていただく機会を持ちましたので歓談後、自分たちのホテルに戻り就寝しました。

あっという間に、4日目です。婚約したんだなぁという嬉しい思いと、彼女とのしばしの別れの辛さが、並行しますが帰国、全行程は、頼りになるスタッフさんばかりで、本当に安心です。時間にも、とても正確で、感謝の気持ちが絶えません。

帰国後は、感慨にふけりながら、次の結婚式へと思いは移ります。今回思ったのは、婚約に関わる手続きは、大使館というと私のような小心者は腰が引けましたが、ある意味、日本のお役所で書類を発行して頂く感覚で良いと思います。

さて、その後は、またSkypeやMessengerで彼女と連絡をとりながら、3回目の渡航です。

今回は、楽しみな結婚式です。私は、バツなので、同居している娘と渡航です。前回、前々回と変わらず、頼りになるスタッフさんのお出迎えで始まります。

1日目は、娘と婚約者の希望で、ホテルにチェックイン後、ベニスグランドキャナルモールへ向かいます。ここはベニスのような作りのショッピングモールで、建物は東京ディズニーシーのような感じで、周りも国際的な感じがしました。

夕食をスタッフさんと一緒に、娘の希望で、フィリピン料理をラ・フェスタでとりました。伝統的なフィリピン料理から、ストリートフードまであって、娘も僕も、トライしてみました。

となりで、フィリピーノのご家族が誕生日パーティーを開かれていましたが、とにかく陽気で、見ているだけで楽しかったです。

その後は、いつも泊まっているホテルで、娘と私たちは宿泊です。今回、私たちの部屋は、彼女のご家族が結婚式の日に訪れるので、コーナースイートにしました。(注:お客様は自費でホテルをアップグレードされ、変更されました)

とても広い部屋ですが、快適ですね。エグゼクティブラウンジにも自由に入れるので、朝食もそこでとったり、チェックアウトもそこで、できました。

就寝前に、彼女のご家族、ご親類がお泊りのホテルに招いていただき、娘ともども、歓待を受けて、前回、ご家族とお会いした時もそうでしたが、フィリピン伝統の挨拶を娘とさせて頂いてから、ご挨拶も兼ねて歓談です。

長旅の後、お疲れのところでしょうが、本当に皆さんフレンドリーで礼儀正しい方ばかりで安心しました。娘も緊張しながら話に参加してました。

2日目は、メインイベントの結婚式です。朝から、彼女はドレスアップ、メイクアップです。僕と娘は出発まで朝食をとったり、割とのんびりさせて頂きました。

着飾った花嫁は、とても美しくて言葉になりません。ご家族、ご親類とともに式場へ、慣れないことに戸惑いながら終始楽しい雰囲気で流れていきます。

式場は、こちらのサイトの結婚するコースに予め用意して頂いたところですが、ローマ法皇も訪れた中国料理店で、料理は美味しく、余程の大人数でなければお薦めです。

結婚の誓いの時は緊張しました。また、ご家族の挨拶の際、お母様とご姉妹が泣かれているのを見て、僕は、彼女を幸せにしなければならないと心に誓いました。

式が終わった後は、私と妻と娘は、ホテルに戻り仮眠後、スタッフさんと一緒に、マカティ市にあるレストランに行きました。マカティ市は日本のようで、ここに住みたいなぁなどと思ってしまいました。

ブラックバードと言うレストランで、こちらのサイトの運営者である方に紹介して頂いたお店ですが、味や雰囲気も申し分なく、席も良い場所で、妻にも娘にも気に入ってもらえたと思います。

ホテルに戻り、日本で婚姻するという山場はあるわけですが、まずは、二人で、妻と改めて結婚した幸せをともに話し合いました。

3日目は、娘は帰国します。面白いスタッフさんにお迎えに来て頂けたそうで、空港まで安全面含めて問題なく到着後、チェックインして、無事帰国しました。

私と妻は、早朝より、ヴィラ・エスクデロ・プランテーション&リゾートに向かいます。ここで一番は、滝が流れ落ちる清流でいただくランチで、滝壺に設けられたテーブルで、足元を水に浸しながらフィリピンの伝統料理が楽しめます。

妻も大喜びでした。夕方、ホテルに戻って、スタッフさんと、ホテル内のレストランでディナーを頂き、その後は楽しい疲れで就寝です。充実した一日でした。

この時も、常にボディーガードとして、ドライバーさんが気を利かしてくださって、本当に安心できました。彼は、必ず私の後ろから付いてきてくださって、トイレも外で必ず待つという徹底ぶりです。このサービスのマネージャさんの従業員教育にも感心しました。

4日目は、帰国日です。結婚したのに一緒に帰れないとは、実際寂しいですが、そう思う中、結婚するまではフィリピンに毎月来るからね、と妻と約束して、空港内へ。言うまでもありませんが、今回も全行程、頼りになるスタッフさんがずっと一緒でした。

さて、これから、妻を入国させる山場が待つわけですが、頑張ります!!」

3)在留資格認定証明書取得、ビザ取得、来日

「こんにちは。私は、今、妻と一緒に幸せに暮らしています。とても幸せです。

話は、5ヶ月前、4月に遡ります。私は、結婚式後、帰国してすぐに、地元の区役所に婚姻届を提出しに行きました。

その後は、在留資格認定証明書の交付にあたって入国管理局に、資料を届けます。

この資料の作成は、素人では、手に負えない(できないことはないでしょうが。。。)と感じたので、深沢様(注:当サイト運営代表者)のご紹介の行政書士さんに依頼させて頂きました。

入管に資料を提出しに行ったのですが、とても沢山の人がおられて、大体2ヶ月かかりますと言われました。

5月には、妻が来日できるまでは、月に一度、フィリピンを訪れるという妻との約束を守るために、4回目の渡航を致しました。スタッフさんは、くどいようですが、いつもしっかりと対応していただいてありがたい限りです。今回は、フィリピンの史跡巡り中心の渡航となりました。

今までは、結婚に向けての準備と挙式で手一杯で、フィリピンの観光らしい観光はしていなかったので、今回は、旅行者として楽しもうと思ったのです。史跡のイントラムロスは、聖堂もあって、厳かな雰囲気で行っておいてもよいと思います。

6月には、娘と一緒に渡航して、今回は、日本で言うところの秋葉原のようなところを案内してもらいました。妻と娘も徐々に打ち解けて仲良くなってきて、一安心です。ショッピングは、店員さんがゲイの方が多くて、興味深かったです。

妻と私は、スカイプでは毎日話しをしているのですが、やはり会うのが一番お互いの愛情が通じ合って安心できるひとときを過ごせます。

7月は、妻の新しいパスポートが発行されたので、妻の夢だったという、異国に行くこととしました。フィリピンの方がビザ無しで行くことのできる国は、アジア方面では、香港、シンガポール等々あるのですが、ディズニーランドに連れて行きたかったので、香港にしました。香港行きも、深沢様にご依頼して、何も不自由なく楽しめましたよ。

空港では、妻も初めての海外ということで緊張していましたが、多少インタビューらしきものがあるものの、スムーズに発着できました。香港は、妻にとっては、初めての外国で、とても洗練されていると思ったそうです。二人きりの旅行ですから、まぁ、これが新婚旅行のようなものなので、目一杯楽しんできました。

8月は、渡航する予定でしたが、妻の在留資格認定証明書が発行されて(2ヶ月ほどかかると言うことは、最初に書いたのですが、少し延びて、3か月かかるというので、まぁとても心配していましたが、突然配達されました)妻のパスポートをビザの申請のために、日本大使館に提出していたのをうっかり忘れて、シンガポールに行こうとして、大失敗してしまって、中止となりました。

妻を落胆させてしまって残念ですが、今は、ビザが発行されるのをひたすら待つことに専念しようと自分で自分を納得させました。

9月、一週間ほどで発行されるはずのビザが、なかなか発行されません。いろいろな噂などが錯綜して、実際のところ精神的に結構追い詰められました。妻の出生証明が遅延していたので遅れたようですが、真相はわかりません。

もう、妻は来日できないのかなぁと諦めてしまいそうでした。この間、妻ともめたりしましたが、こういうことがあると愛情もお互い深まっていくことと思います(二人共、9月が誕生日で、一緒にお祝いできるねぇと楽しみにしていたこともあります。。。結果的にぎりぎり間に合って、来日した日が妻の誕生日でした)ので、ここは良い機会だと前向きに捉えることとしました。

妻も、私も決して諦めないから、あなたも諦めないでと言ってくれました。深沢様のアドバイスもありがたかったです。焦ると短絡的に考えがちなのですが、深沢様に諭して頂きました。

とりあえず、9月は無理かなぁと思っていたところ、妻から連絡がありまして、ビザが発行されたと連絡があったので、すぐに、娘と迎えに行きました。今までお世話になった、スタッフさんは、最後までとても親切に対応してくださって、本当に感謝です。

私自身は、仕事で、まだフィリピンに行く機会がありますから、そのときは、また、深沢様にご依頼しようと思っています、何より安全です。フィリピンも慣れてくると、なんとなくですが、油断しそうになるのですが、こういうときが一番危ない気がします。ですから、スタッフさんは絶対おられたほうが良いです。後は、深沢さんは、急なときでも必ず連絡をつけてくれますから、本当に安心です。

日本の空港について、入国して荷物を受け取って、はじめて、妻に「Welcome to Japan」と言いました。感無量ですね。次の週に、区役所に行きまして転入届を出して、その後、被扶養者として保険手続きを行って、医療に対しても心配ないようにして、今に至ります。

来日してからは、妻がホームシックにならないように、USJやF1など、日本でしか見られないものを見てもらいながら、カトリック教会に行って、タガログ語のミサに一緒に参加したり、知人のフィリピン人に紹介したりしています。

それでも、やはり、自分の生まれ育った国が一番ですから、寂しそうなときもあります。そういうときは、愛情を持って、自分がある日から、急に異国で暮らすようになったら、どれだけ不安なのかを考えてみてくださいね。

私どもの生活は、スタートしたばかりです、お互いに慈しみ合って、どんなときも助け合って行きたいです。皆さんも幸せになってくださいね。

追記:

とりあえず、次のお休みは、沖縄に行って、娘とも一緒にクリスマスのディズニーランドに行ってきます。フィリピンにも行きたいなぁ(日本はセコセコしすぎて時に疲れます)、スタッフさんにも会いたいなぁ。」

S.H様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

 

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