お客様の声・体験談 | サニーブライド 国際結婚フィリピン

美人フィリピン女性

上記はイメージ画像

お客様よりいただいた体験談をご紹介しています。

愛知県のK.I様(67才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「私は息子と二人で生活している高齢者ですが、やはり人生の残された貴重な時間を良き伴侶とともに暮らしたいという思いが募り、深沢様にパートナー探しを依頼しました。

私は口下手で体裁も良くないので、日本人を対象としたマッチングアプリは有効なものではありませんでした。

実は私にはフィリピン人女性と結婚した過去があり、その女性の不倫により結局は離婚したものの、フィリピン人特有の優しさに包まれて幸福な年月を過ごした体験があります。

そこで深沢様に再びお願いしたのですが、私の希望に叶う素敵な女性を紹介していただき、良きパートナーを得ることができました。

フィリピン人は英語が理解できますし、今はスマホの翻訳アプリで日本語を英語にすることが簡単にできるので、意思疎通がしやすくなっていると思います。

日本人女性は男性の外見や裕福さに関心を持ちすぎているのではないでしょうか。

私のような高齢者にも伴侶を得るチャンスをつくっていただいた深沢様には本当に感謝しかありません。」

K.I様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

神奈川県のM.S様(65才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「私は64歳でサニーライド様のサイトに登録しました。

その前には他のサイト2カ所(ロシア女性、タイ女性)で詐欺に会い、それらサイトの運営者には成婚手数料を払い、現地女性にもさんざん貢がされて、離婚履歴だけ残りました。

どうしても結婚をしたかったのでネツト検索をしたところ、サニーブライド様のサイトを見つけました。

私の年齢はかなり高く、他のサイト2カ所でだまされていたので、ワラにもすがる思いでしたが、サニーブライド様のサイトを 隅から隅まで見て、また代表の深沢さんと直接電話でお話しして、ここなら信用できると思い申し込みました。

私がだまされたロシア女性やタイ女性を紹介する他のサイトと違い、実際に現地で女性に会う前にかなりの数のメールのやり取りをするシステムでしたので、お互い恥ずかしがりやでもなんとか会話ができ、会う前にお互いをよく知ることができました。

お見合いでフィリピンに行った時には、深沢さんの指示でスタッフの方が私達を水族館や遊園地に連れていって下さり楽しんだので、言葉いらずにお互いが引かれあいました。

結婚前に彼女の両親に会い、彼女の家に招待され、とても安心できました。ロシア女性やタイ女性を紹介するサイトでは両親にも会えていませんので、大きな違いでした。

結婚式は、たまたま私の誕生日が近く、休日でもあったので、私の誕生日に結婚式を行いました。 結婚式の段取りは全てきちんとされ感謝をしています。

結婚式が終わっても、在留資格申請などの手続きに時間がかかり、彼女は直ぐには来日できませんでした。

そこで私達はセブ島にハネムーンに行くことにしました。マニラで落ち合い一緒にセブ島に行きました。 彼女は初めての飛行機でしたが、私と一緒なので安心して雲の上を楽しみました。 有名な観光地で観光し、船上レストランやバギー等とても楽しく、夫婦になったことを実感しました。

在留資格が取れて、来日ができるようになりました。ハネムーンで飛行機に乗っていたので、彼女は一人で来日することができました。

これから日本で結婚式をしたり、日本中を一緒に旅行をしたりいろいろと楽しみです。

彼女は私に対して、結婚してくれたことをとても感謝してくれましたが、私みたいな年寄りに若い彼女が嫁いでくれたこと、何もわからない日本に来てくれたこと、日本語を勉強してくれたことを、私の方こそ、とても感謝しています。」

M.S様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

大阪府のT.M様(50才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「私は20代半ばでバツイチになってから20数年間独り身で気楽に過ごしてきました。

合間合間で彼女もおり、同棲もし、気楽に独身貴族(死語?)を楽しんでおりました。

しかしある日、脳梗塞になり後遺症として右半身に痺れと左半身の力があまり入らず突然、独り身の生活に不安が出てきました。

国内の結婚相談所やマッチングアプリと色々試して、数回、デートを重ねた人もいてましたが、何かが違う(元来、我儘なもので・・・) 将来は東南アジアの暖かい国で暮らしたいと漠然と考えてた私は国内のマッチングアプリで外国人を探したりもしました。

そんな折、たまたま見つけたのがサニーブライドでした。代表の深沢さんと電話でお話する機会を得て、信頼することが出来てきました。

そして入会!数あるプロフィールの中から好みの子を探します。 プロフィールは若い子ばかりでしたがあまりにも年が離れてると、ただでさえ国際結婚なのにギャップを埋めれるのか心配だった私は、20代の子ではなく、30代の子を探しました。 とはいっても一回り以上の年の差はあるのですが・・・

フィリピンに行っても足を引きずって歩く私に肩を貸してくれ、いつも私の体のことを気遣ってくれる彼女と巡り合えて、私が結婚を意識する切っ掛けになった将来の体の心配も、今は皆無です。

無事、結婚式も済ませ、今は彼女の訪日が楽しみで、日本に来たら何処に連れて行ってあげようかと考えてる時が、今の私の楽しみな時間です。

なにはともあれ、今後の彼女との生活、将来のフィリピンでの生活を考えるとニヤニヤが止まりません。 こういう紹介会社は他にもあるかとは思いますが、今後のことも考えると自分の直感を信じサニーブライドさんにして良かったと思います。(ヨイショするつもりはありませんが) ここまで付き添ってくれた深沢さんとスタッフ、そして何より私を信頼してくれた彼女に感謝です!

サニーブライドを検討中の方には一足お先にフィリピン嫁との甘い生活を楽しませていただきます。 金銭的なことや言葉の壁の不安なんかも出てくると思いますが、そんな時は深沢さんに相談するべきかと思います。 深沢さんは親身になって相談に乗ってくれる方なので(ハードルあげてすみません、深沢さん)」

T.M様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

群馬県のI.K様(48才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「私は北関東の田舎町に住んでいる平凡なバツイチアラフィフサラリーマンです。

15~6年前に離婚、その後はずっとアパートで1人暮らしを続けております。離婚後お付き合いした女性とは、10年間程家族同然の関係を続け、相手側から再婚の話があがった事もありましたが、お互いのタイミングが合わず…
というか結局は、私がダラダラと10年間も再婚に踏み切れなかった…結婚しなくても一緒に居れれば良くない?
という様な私の考えが原因だったと思いますが、相手側からの申し出で一瞬で関係は終わってしまいました。

幼い頃に両親が離婚、その後中学の時に父が他界、母とは音信不通の為、唯一家族同然の存在であった女性と別れたことで暫くは、ひとりになってしまった淋しさを感じていました。でも人は慣れるものですね。
ひとりって誰にも気を使わなくて良いし、逆にひとりの生活が当たり前というか、楽になっていました。

でもですね。ふと思う時もあったんですよ。このままずっと一人で歳を老いて淋しく無いのかな?人間って一人で生きていける?美味しい食べ物も綺麗な景色も1人より2人の方がしかも愛する人との方が何倍も美味しく綺麗に感じるんじゃないかな?って…

そんな日々を送っている中で、たまたま友人とフィリピンパブに行く事があったんです。人生で2回目のフィリピンパブでした。正直私はフィリピンパブやフィリピン女性に良いイメージを持っていませんでした。

というのも、私が小学生の頃、父は酪農家で酪農を学ぶ為なのか何なのか今となっては不明ですが、フィリピン男性3人が私の家の離れに留学?寝泊まりをしていました。
私の誕生日の日、留学生も含めパーティーがり、その夜中の出来事だったんですが、父と留学生達は血だらけになるほどの殴り合いの喧嘩をしていました。とても怖かった思い出です。あとで父に理由を聞いたのですが誕生日パーティーの時に、私が面白がってフィリピン男性の真似をしていたのが、馬鹿にされていると思い気に入らなかったという事が原因だった様です。

また私の中学の卒業式に父は、お祝いと言って私をフィリピンパブへ連れて行きました。その時のキツイ香水の香りと「社長さん社長さん」という父への接し方や振る舞いが、どうしても好きになれず、フィリピンパブはそれっきりでずっと敬遠していました。

今から3年位前のある日の夜、友人に誘われて人生2回目のフィリピンパブへ行くことがあったんですが…

その夜から、今までのフィリピン女性に対するイメージが180度変わってしまいました。昔のイメージのままの女性達もまだいらっしゃたんですが、20代の若い女性達は普通に可愛いし綺麗なんですね。しかもめちゃくちゃフレンドリーで優しい。
日本人女性には無い魅力にどっぷりハマっていました。

気に入ってしまったタレントの子とその後1ヶ月程LINE交換し毎日やりとり、数回お店に行きデートをし彼女になって欲しいと伝え、OKはもらったものの、また日本に来るからと言って彼女は帰国してしまいました。
その頃には既に、次、結婚するなら絶対フィリピン女性と心に決めてしまっていました。
その当時、私はタレントとは何なのか?日本に滞在できるのが3、6ヶ月のみとか、日本に来るにはビザが必要、フィリピンと日本との違いなどなど何の知識も無く、軽く考えていました。
彼女が帰国後も彼女と連絡をとっている中で、お金も何度か送りました。そして色んな知識がつく中で…やっぱり水商売の女の子は難しいのかな?という疑念が湧いてきたのです。

そしてそこからは、現地のフィリピン女性が多く登録している出会い系サイトにハマっていったんです…

ほとんどの子は、少し仲良くなるとお金の話をしだすので、絶対騙され無いぞ!会った事もない女性にお金なんて送れないと思っていたのですが…

上には上が、やはりプロフェッショナルはどこの分野にもいらっしゃるんですね。
半信半疑のままいつの間にかお金を送金してしまっていました。
彼女は日本に来たいというのでパスポート代やビザを取るための書類や面接の交通費や何やらで結構使いましたね。

でも写真で送って貰ったビザの写真が明らかにコピー機で偽造したっぽい感じなんですよね。
そこでお金を送るのをストップしたんですけど…
今考えれば本当に高い授業料だったなと…

その後も懲りずに、出会い系サイトで日本在住のフィリピン女性と直接会った事もありましたが…
水商売の子や実は日本人夫との既婚者だったりと…

水商売で働いている子でも、出会い系でも、真面目で良い子はいるだろうけど、言葉の壁や価値観の違いもあり、その様な女性を見つけるのは、難しいよなぁ〜
お金も時間もかかるし、ぶっちゃけ博奕だよなぁ〜

とりあえず言葉の壁を無くすために英語を勉強して、英語でフィリピン女性を口説ける様になってから相手を見つけようと誓い、出会い系も辞めてオンライン英会話をスタート。
でもですね…1年やってもそのレベルには到達出来るはずもなく、ただただフィリピン女性との出会い、結婚がモチベーションで続けておりました。

そんな日々を送る中、暇な時にお見合いサイトを色々覗いていました…覗いているうちに色んなサイトを見まくりました。その中でもサニーブライドさんのサイトが特に気になったんですよね。
正直、色々なサイトを隅々まで見てたので、ほぼこの時点でサニーブライドさんにお願いしようとほぼ心は決まっていました。
ただ費用面でずっと悩んでましたね…

ある日、まあ何でも前向きに考えようって思う様に気持ちを変えました。
百数十万円は私にとっては大きい額ですが、騙されたとしても百数十万円で死ぬ事はないし、もし百数十万円で素敵なフィリピン女性と結婚出来ちゃったらラッキーじゃない?
しかもオンライン英会話代、もう、かからないんじゃない?
奥さんに対面で英会話出来るし良いんじゃない?
悩んで動かなかったら何も始まらないし!
細木先生の六星占術で結婚するなら2022年または2024年って書いてあったし!
もう思い切って2022年の今年結婚しちゃおう!
そう思い込みました。

サニーブライドさんが他のサイトとは違った点
一度問い合わせをして話しを聞いてみたいと思った点は

深沢代表の詳細なプロフィールの記載。
お見合いから結婚までの詳細な流れと料金も記載。
フィリピン女性の特徴やフィリピン女性との結婚についてのコラムの記載「深沢代表の奥様もフィリピン女性」。
紹介可能な女性達の写真が色んなタイプの女性がいてリアル感があった(他のサイトは美人ばかりや更新がされないなどあったが)。
実際のお見合いやデート結婚式の動画や体験談の記載。
などがリアルに感じた。

思い切ってメールで問合せしたところ、深沢代表より直接連絡が入りました。サニーブライドさんのホームページを隅々まで読んでいたので、なんとなくイメージはできていたのであまり質問はなかったのですが、何点か質問をさせていただき回答をいただき電話を切りました。
深沢代表の話し方や声からも信頼できる感が伝わってきました。

次の週 2022年5月上旬には正式に申込をしていました。
申込後すぐに深沢代表は、お見合いに向けての段取りを開始してくれました。

まずは自己紹介文などを考えて下さい、そしてホームページ掲載の女性から実際に会ってみたい女性を選んで連絡下さいとの事でした。その自己紹介文を深沢代表が英文に訳し、女性達に送り女性から返信があれば、それを何度か繰り返し実際にフィリピン渡航の際にお見合いする女性を絞っていくとのこと。

女性とやりとりしていく中でのフィリピン女性との恋愛や結婚、今後の流れ等について深沢代表に相談させていただいていたのですが、相談する度にとても分かりやすい回答やアドバイスを頂き深沢代表への信頼度が増していきました。
そして人生初のフィリピン訪問を2022年7月末決行を決意致しました。
その後訪比までの間2ヶ月位、女性とのやり取りは続いたので、実際に会う時には既にお互いの事をある程度知った状態で会う事ができました。

初めてのフィリピン。私が5-6歳の頃に家族でアメリカに行った記憶がありますが、その後は飛行機も海外旅行も一切経験が無く、パスポートを再度作るところからスタートしたので、飛行機の乗り方も、飛行機に乗るためにコロナワクチンの証明が必要なの旨も、フィリピン入国前にワクチン証明を登録するサイトがある旨も、何もわからないし、ましてやタガログ語も英語もわからないのに不安しかありませんでしたが、全て深沢代表が適宜、的確にサポートしていただけたので、何も心配する事はありませんでした。 マニラへ到着後も空港には、日本語堪能でとてもフレンドリーなフィリピン人スタッフさんが待機してくれており、フィリピン滞在中はずっと同行サポートしてくれるので、現地での滞在に関しても何も問題無しでした。

私の場合
2022年7月末に2泊3日でデート帰国の為のコロナ検査。
2022年9月末に3泊4日ご両親に挨拶と日本大使館、婚姻申請。
2022年12月上旬に2泊3日で結婚式。

というスケジュールでしたが、ホテルのチェックインも移動も食事も全てスタッフさんが付き添ってくれ、また人混みを歩く際にはスタッフさんも彼女(現在は妻)も危ないからバッグは前に持ってね!とかスマホはバッグに入れてと声をかけてくれるので何の心配も困る事も一切ありませんでした。

マニラは思っていた以上に都会で日本食も普通にありますし、移動はグラブというアプリで車を呼んで貰って、安全な手段で安全な場所のみを移動という感じでした。

正直なところ私としては、ローカル的な食べ物、乗り物やスポットを訪れてみたかった…
食べ物は屋台とかで売られている様なチープなもの、移動はジープ、トライシクルなど…
でもご両親に挨拶に行った際に、お父さんのトライシクルに乗せて貰ったので1つ希望が叶いました。
そしてご両親の営むサリサリストアーの中に座ってご両親と話が出来たのが良い思い出のひとつです。

お父さんとお母さんは、めちゃくちゃ優しかったなぁ~
弟とお兄ちゃんもめっちゃ優しかった〜

私の勝手なイメージかもしれませんが、フィリピン人といえばお酒が好きで昼間から飲んでるイメージがあったのですが、彼女も含め彼女の家族はお酒をほとんど飲まないんです。結婚式前夜に彼女の家に親戚一同が集まってパーティーを行ったのですが、親戚の人達もそこまで飲んでなく、酔っ払いもいなかったので…ちょっと期待外れ感もありましたが、皆さん真面目な方が多い家系なんだなぁと思いました。

そして結婚式当日、
私の1度目の結婚は指輪も結婚式もなかったので、正式な式を挙げるのは今回が初体験。
指輪もぶっちゃけ常に身に着けるのが邪魔で嫌だったので自分自身の指輪は買った事も身につけた事もありませんでした。正直今回も悩んだのですが、何で着けないの?と聞かれて文化の違いもあるだろうし英語で説明するのは困難、理解してもらうのも困難と思い指輪購入と私も身に着ける事に決めたんですが…やっぱり指輪を身につけた方が、なんか気持ちが違うって言うか…正解でしたね。

いやぁ- 今でも思い出すと涙が出てきちゃうんですが、いつも明るいお父さんお母さんが、メッチャ泣くんですよ…
そして彼女も泣くんですよ…
タガログ語で話してるから良く分からないんですけど、なんとなく感じるっていうか、わかるじゃ無いですか…
自分も涙堪えるの本当大変でした… そして結婚式当日、
私の1度目の結婚は指輪も結婚式もなかったので、正式な式を挙げるのは今回が初体験。 「ひとり娘だから大事にしてね」ってお母さんが自分に言うんですよ。

いやぁ-マジ大事にしなきゃって心の底から思いましたね…
そしてもっと自分がしっかりと守っていかないとと決意しました。

正直、今現在もあまり結婚したんだっていう実感は無いんですよね。
彼女がまだ日本にいないからなのか…
不思議な感じではあります…
なんでだろうって考えたんですが…
たぶん、自分があまり結婚という言葉というかカタチを意識してないからかもしれません。
あくまで結婚は手段であって、私は人生のパートナーが欲しかったんです。
そしてそれは、まだスタートラインにやっと立ったばかりです。

私は祖母、祖父母に育ててもらった記憶が大きいのですが
なんか子供の頃によく祖母や曾祖母に言われてた事を思い出すんですよね…「飯食ったか?」「お腹一杯になったか?」「寒いからジャンバー着てけ」「靴下履いたか?」
当時は、うるせえなぁ毎日毎日同じ事言ってさぁ~て思って反発して孝行出来なかったけど、大人になって初めてわかるんですよね…
孫や曾孫の俺が可愛くて愛を注いでくれてたんだなぁ〜って…

たぶんフィリピン女性の愛情表現のひとつなのかと思うのですが、一緒にいても「お腹空いてない?」「もっと食べて」離れていても朝昼晩と「ご飯食べた?」「何食べた?」「もっと食べて」「ちゃんと食べてね」って連絡がきます。
最初はこれが挨拶と言うか、お疲れ様です。お世話になります。みたいなもんかと思ってたんですが…
本気ぽいムードで言ってくるので、ああマジなんだぁ…って思いました。なんか自分にかけてくれる態度や言葉から、メチャクチャ本気度が伝わって来るんですよね…

こんなにも愛情が深い女性と出会う事が出来、深沢代表にとても感謝しております。

たぶん妻の来日は2023年夏ぐらいになるのかなぁと思っているのですが、本当に今から楽しみです。

無事に妻の来日が叶った際には、またご報告させていただければと思います。」

I.K様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

福島のY.H様(66才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「①愛に目的地があるのなら、目的地が同じであることがメ一ルやビデオから、気付きました。Jさんの明るさと律儀さ、私を理解しようとする気持ち、これらは私の心の渇きを潤ってくださり、今、生きる力となっております。

②コロナは1つの試練と割りきり、毎日Jさんの健康を思いまた、自分自身の範囲で出来るコロナ対策を、怠らないようにしています。

③現在、農業に専念しております。これからも農業に専念して行きます。将来(15年後くらいに)必ず転機が訪れて来ますので、スムーズに移行出来るように、今から対応の準備をしていきます。

④子宝に恵まれるのであれば、誠心誠意を尽くし、2人で、子供たちが、世のため人のために貢献していく、人間になっていくよう、育て上げて行きます。

⑤両親も妹と夫婦も、その子供たちも、全員喜んでいます。

⑥現状に至ることができましたのは、サイトで国際結婚フィリピンにたどり着き、深沢代表に出会えたからです。 メディア、特にテレビが扱う情報は信頼度の高いものです。「テレビで紹介された」をサイトで見たとき、これは他の追随を許さない、信頼できるサイトであると直感しました。

そして見て、本当に良かった。また、実績の数々のビデオを見て驚きました。1つ1つのビデオから、嬉しさ、喜びが伝わってくるのです。

これらはすべて、深沢代表の心あるシステム構築によるものであると思いました。

初めて深沢代表と電話で話したとき、人との出会いを大切にしてくださる、立派な方であることを感じました。」

Y.H様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

新潟のO.S様(50才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「こちらの国際結婚フィリピンにお世話になる前に、違う国際結婚サイトにも相談していましたが、 そこでは私の思うようなサービスを受けることが出来ないだろうと不安になり、その時にこちらの深沢代表に相談をさせていただいたことが、今の花嫁候補の彼女に、出会うことが出来たご縁であり感謝しています。

一昨年(2019年)の12月にこちらのお見合いで彼女と出会い、意気投合し、結婚を約束したので、本来ならば、昨年(2020年)の4月にフィリピンへ渡り、婚約の書類手続きをして、今夏には結婚式を挙げて、彼女が日本に来るまでの準備をしている筈でした。

昨年4月の渡航ギリギリまで、深沢代表に相談していましたが、コロナ禍でフィリピンに渡航できなくなり、これからどうして行こうかと不安でしたが、私からの相談に対する的確なアドバイスを深沢代表からいただきながら、今日まで来れました。

今はコロナで彼女とは会えない状況ですが、彼女とは毎日LINEで会話をし、お互いの心や生活を支え合いながら、二人で結婚式を待ち侘びています。

無事に家庭を築いた時には、子供が好きなので、出来たら2人くらい欲しいと彼女とも話しながら、会って直接話しができる日を首を長くして待っている今日この頃です。」

O.S様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

岐阜県のW.Y様(68才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「私は、ずっと一人で暮らして来ました。両親は他界。

自分は数年前に65歳の定年を迎えましたが、家族のいない、一人の生活は味気なく、このまま一人ではいけないと思い、以前旅行に何度も訪れた東南アジアの国、特にフィリピンに興味を持ちました。

インターネットで国際結婚を斡旋するサイトを検索しました。その中で、見つけたのがサニーブライド 国際結婚フィリピンです。 代表者の経歴、顔、住所、テレビ放映もされたと書かれていたので、当サイトに登録しました。

そうしたら、代表者から連絡があり、いろいろ説明、国際結婚の在り方、フィリピン女性の良いところの説明がありました。説明を聞いて納得して、結婚コースを申し込みました。コース代金は一度に払えないので、分割にしました。

渡航スケジュールに関しては、私は定年後、再就職をしていましたので、会社と相談をして、1週間の休暇を取り、1回目のフィリピン渡航をしました。渡航に際して、フィリピン入国規制があり(注:2022年8月)、サイトに記入するのが大変でした。すべて英語で質問が書いてあるので、答えるのが難しかったです。でも何とか記入ができて、フィリピンに入国できました。

1回目の渡航では、カラオケ店で食事をしながら和気あいあいとお見合いをしました。楽しく飲んで、歌い、食事をしました。最初は緊張して、話すことができませんでしたが、そのうち、だんだんと、スタッフの通訳を通じて、いろいろ聞くことができました。

カラオケの後は、市内観光に行きました。2日目は、Cさんとスタッフと一緒に市内観光や買い物、食事をして楽しく過ごしました。3日目は自由行動で10年ぶりのフィリピンなので、昔 訪れたところを観光して楽しく過ごしました。

2回目の渡航では、Cさんの家族や親戚に会い、日本のお土産を沢山もって、挨拶をしに行きました。私は英語があまり話せないので、英語で手紙を書いて、私の気持ちとご家族への挨拶を手紙に書きました。今は日本語を英語に翻訳するアプリがあって、簡単にできました。

2日目は、フィリピンの日本大使館に婚姻要件具備証明書の申請を提出しました。当時は来館予約が必要でした。 その後、結婚式に着るウェディングドレス、ウェディングベェール、靴、手袋などを、Cさんとスタッフと一緒にいろいろ買ってきました。結婚指輪も現地で買いました。私の結婚式の衣装はバロンタガログにしました。

3回目の渡航は、いよいよ結婚式です。私と新婦の家族は結婚式場の近くのホテルに前日から泊まって、いろいろ準備をして結婚式に望みました。結婚式には新婦側から、家族、親戚、友達、会社関係者など様々な人が来て、和気あいあいと始まりました。

結婚式は専属の司会者をお願いし、その女性司会者の進行で結婚式が進められました。 余興として、ブーケを会場の中にいる独身女性に向けて投げるブーケトスや、新婦の足にガーターを履かせた後、脱がして、会場内の独身男性に向けて投げるガータートスなどのゲームが大笑いで楽しかった。

結婚式の後、2次会として、参列者と共に近くのカラオケ店で飲んで、歌って、ワイワイと騒いで、とても楽しく過ごしました。 その日、結婚式が午後1時から始まりましたが、2次会を終えたのは夜の8時でした。疲れました。

結婚式の翌々日、私たちはセブ島に3泊4日でハネムーンに行きました。新婚旅行は、マクタン島のブルーウォーター・マリバゴ・ビーチ・リゾートに泊まりました。コテージで開放感があり、プール、白い砂浜のビーチがすぐ近くにあり、まさにリゾートホテルでした。

ハネムーンの2日目は、セブ島1日観光をして、その日の夕食はサンセットと夜景が見えるレストランで食事をしました。 3日目は、白い砂浜で泳ぎ、船を半日チャーターして島めぐりをしました。 4日目は、セブ島のお土産をいっぱい買って、マニラのホテルに帰りました。 とても楽しい、思い出に残る新婚旅行でした。

今、日本に帰ってきて1ヶ月経って、奥さんと毎日 LINE でメールをしています。 私の気持ち、彼女の気持ちが伝わって楽しく過ごしています。 たまに、国際電話をして声を聞いて気持ちを伝えています。 今、やっと結婚証明書が発行されて、これから日本に来る手続きをして、奥さんが日本に来るのが待ち遠しく、楽しみです。」

W.Y様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m

大阪のR.S様(54才)がお寄せ下さった体験談その2です。

 

「今年2月13日にようやくフイリピン妻がフィリピン航空で来日してくれました。(注:2021年です)

一昨年12月に突如、発生した武漢の新型ウイルスが翌年、全世界に拡散してしまい、当初、遅くとも昨年6月には来日しているだろうと予想していた花嫁がコロナ禍の為、外国人の入国禁止、日本が鎖国状態となり、 いつになったら来日できるのか全く見当もつかなくなりました。

一昨年の10月にこちらの結婚相談所を通して知り合った妻とフィリピンで結婚し、その後日本の当家に嫁ぐまで、じつに1年4カ月も経過していました。

ようやくこちら初老で結婚できた2度目の花嫁とすぐに新婚生活をおくることができず離れ離れに過ごしました。

コロナ禍での、日本来日までの経緯ですが、

昨年7月には、大阪入国管理局から在留資格認定証明書が発行されました。

喜んで妻にメッセンジャーで連絡し、それをEMSで発送しました。その頃は現地の郵便局が再開されていました。

10月に国際便が再開されてきましたが、コロナの終息の見当のまったくつかない中、突然、代理店が再開されたと妻からメッセンジャー連絡がありました。 (注:フィリピンでは在フィリピン日本大使館への直接申請ではなく指定代理店を通してのビザ申請になる)

その際の必要書類である誓約書等に記入捺印してほしいと連絡がありました。 突然の連絡に何のことか意味がわからず深沢所長にメールで尋ねました。

すると現地スタッフを通し妻に連絡してくれたのは深沢さん本人からだとわかりました。

深沢所長は、ロックダウンで閉鎖されていた代理店が10月に再開されたタイミングに、すぐに現地スタッフ動員し、申請手続きを取り計らってくださいましたが、 結局妻は11月の私からの月次手当てを受け取ってからようやく代理店に申請しに行きました。

勇んで代理店に足を運びましたが、すぐに申請を受理されませんでした。 追加の書類を準備し11月中旬に申請を済ませてくれました。

その後、日本大使館は本当にヴィサ発行してくれるのか、フィリピン日本大使館に、(僕にとっては)杉原千畝のような人物はいてくれるのか、とヴィサの発行を、願っていました。

12月7日になって突然妻からヴィサが発行されたと連絡がありました。

それで急いでこちらへの航空チケットを予約してもらおうと思いましたが、1月中旬までのフライト予定されていたLCCのジェットスター便はすぐに売り切れてしまいましたので、 フィリピン航空の1月10日便に予約させました。

ところが12月末に突然、日本政府は1月末まで全世界からの入国禁止を発令したとネットニュースが流れました。

妻にそのニュースを伝えると、彼女、すぐに出発日を2月7日に延期しました。

2月7日の便、待っていましたが、航空会社の都合で延期されてしまいました。

来日後、妻から聞いたはなしでは、フィリピン航空の乗客が50人集まるまでフライト延期されていたとのことです。

フィリピン航空、延期、延期でようやく2月13日(土)にフライトしました。

当日、妻から、昼過ぎ、関空到着したと連絡が入りました。その後PCR検査うけ陰性。現地でも搭乗2日前にPCR検査うけて搭乗しているので大変だったと思います。

関空からこちらの自宅までハイヤーを依頼予約していましたので、在留カードを取得してようやくハイヤーに乗車しました。

ハイヤー乗車後1時間でこちらの家に到着しました。

彼女フェイスシールドして薄着のワンピース姿でかばんも2つと簡素ないでたちです。

こちらの両親と笑顔であいさつし、自宅2階にあがりました。

当日は温暖でしたが2月です。

母親がすぐこちらに服を渡してくれて彼女に羽織るよういいました。

その日は買い物してきたステーキ2枚を調理師免許のある高齢の父親に焼いてもらって2人で食べました。

翌日、彼女、(物置状態の)部屋を片付けしだしました。

「私はハウスキーパで嫁いだのか?」と笑いながら、半日で綺麗に部屋のレイアウトを変えました。

彼女マニラの高級ホテルで働いたこともあるので、片付け上手です。

その後毎日、家の中の洗面台やお風呂等断わってピカピカに磨いています。

素晴らしい、明るい妻です。

ところか゛10日後の夜、妻が布団の中で泣いていました。 やはり、将来の不安とホームシックで悲しくなったと思います。

でも明るいフィリピン女性なので、しばらくしてすぐに笑顔をみせてくれました。

「子宝を授かると、私は孤独から解放される。」と話していました。」

R.S様、前回の下記のコメントに加え、またまた貴重な体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

大阪のR.S様(54才)がお寄せ下さったコメントです。

 

「数年前に他所の結婚紹介所の紹介で、30歳年下のフィリピン妻と、結婚しました。その新妻、結婚後、こちらに懐かず、来日後、半年もせず新居を出て行き、その後、帰国して戻って来ず、離婚することになりました。

しばらく意気消沈して過ごしましたが、今年たまたまゴールデンウィーク中、こちらの深沢所長の運営される国際結婚フィリピンというサイトを目にしました。

コンタクトをとると、すぐ所長の方から電話連絡してくれ、こちらの前妻の愚痴話等いろいろ話を聞いてくれました。

入会・お見合いするに当たり、けっこう好き勝手なお見合い相手の条件をつけました。細身で、若く、容姿端麗、美人。また子供を望む女性で、こちらの親と同居してくれること。こちらが渡す手当は、仕送りに充てないよう等。

注文つけすぎて、説教されるかもと思いましたが、こちらの要求を聞いてくれ、複数のお見合い相手をセッティングしてくれるとのことです。それでコース代金を分割してもらい、こちらに入会しました。

お見合い相手を紹介頂く前に、コース代金を納め、プロフィールをメールで送ってもらい、半信半疑、マニラに赴きました。

こちらの所長、手配した日本語に堪能な現地スタッフを巧みに、日本から遠隔指揮し、見事お見合いを仕切ってくれてました。

合コンのようなお見合いの宴席で、ラテン系の、のりのいい、屈託のない笑顔の素敵な女性が多いと感じました。

今度のフィアンセCさんの職業は、美容師で、日本人男性と結婚して、豊かな家庭を築き、幸せに暮らすことを望んでおり、できるだけ彼女の期待に添えられるよう精進したいです。

実際お見合いに来てくれた複数の女性陣とお店で打ち合う前に、フィアンセCさんは、待合わせ時間の30分も前にフロントに来て待ってくれ、エレベーターから降りたこちらと目が合うと、笑顔で微笑み、横の通訳さんの袖をとって知らせてくれました。

Cさんは優しい声で、奥ゆかしい感じのする女性で、お見合いした翌日、こちらの実家に嫁いでほしいと通訳さんを通して打診しました。Cさん、日本の女性のように、躊躇せず、条件をださず(私見)、喜んですぐ同意してくれました。

その後、当方とフィアンセCさんを通訳さんがナビゲートして、3人で楽しくマニラの観光地、サンチャゴ要塞とリサール公園を散策しました。

2回目のマリッジライセンス渡航前に、残りのコース代金を納め、再度マニラ空港へ向かいました。

2回目の渡航時、フイアンセのCさん3時間も前に空港に来て、こちらが空港から出てくるのを待っていてくれました。(そのためこちらの現地スタッフ2名も、つき合わされ早い時間から待っていてくれました。)

現地のスタッフを見ていると、フィリピンは、ちょうど日本の60年代の高度成長期のように経済発展著しく、一所懸命に仕事に従事する、まじめな勤労者が多いように感じました。

またその2日後、日本大使館で手続きを終えたこちらが帰国するにあたり、世話人さんが空港までタクシーを手配してフィアンセCさんと共に同乗し、見送ってくれました。こちらが空港の建物内に入り姿が見えなくなると、フィアンセのCさん急に寂しくなって、大泣きしたそうです。

世話人の現地スタッフさんがスマホで写真を撮り、日本に戻ってから所長を経由し、その泣き顔をハンカチで覆うフィアンセの写真を見せてもらいました。

意地らしい可愛らしいフィアンセです。」

R.S様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

宮城県のE様(44才)がお寄せ下さった体験談です。

 

「40代半ばに差し掛かり、人生に対していろいろと考えるようになりました。

この先、前向きに考えられるなら良かったのですが、極端な話ですが、このまま仕事して、家族もいなく、人生終わってしまうのかなと落ち込み、相当悩んでいたところでした。

恋愛に関しては、正直言えばモテていたと思います。40代でもまだまだ大丈夫かと思っていましたし、彼女もいない時の方が少なかったです。

しかしながら私には三度の離婚経験があります。日本では偏見を持たれ、私の前では結婚の話はご法度とされ、心ない人には当然酷いことを言われました。

離婚にどんな理由があるとしても、わかってくれる人はいないんだなと… 友達と過ごすのもやめていたので、休日はのんびりしていました。

スマートフォンの写真を整理していたところ、私の趣味は旅行でしたので、どこか行きたいなぁと考えていました。

その中で、仕事でフィリピンに行った事を思い出しました。フィリピン女性は、すごく綺麗だったし、人懐っこいなぁとか、親切だなぁとふと思い出しました。

日本人女性との恋愛は、うまくいくはずもないと考えていた自分には、フィリピン女性がいいと思うようになりました。でも、三度の離婚の事があるので無理なんだろうと諦めていました。

インスタグラムやインターネットでフィリピンの女性を見ては、やはり綺麗だなぁと癒されていました。

その辺りから日本女性に全く興味がなくなりました。

日本人女性とまた付き合ったとしても、一から離婚の説明をするのも面倒だし、もう傷つくのがとても嫌でした。文化的にも難しいなと…

この状況から私はフィリピン女性との結婚を真剣に考え、何か方法がないかとインターネットで検索していました。

しかし、口コミではやはり現実味がなく、被害の話ばかりでした。やっぱり人生そんなに甘くないと、また悲観的になりました。

でも、人生絶対に後悔したくないし、子供は絶対に欲しい、離婚を隠した生き方はしたくない。仕事も好きな人の支えがないと心もなんだか苦しくなっていました。

もう一度休みを使って調べ尽くそうという考えになり、私は税務会計の仕事をしているので、調べることには長けていました。

その中で、ここは代表の方も自ら顔を出している、テレビにも出ている、女性もいろいろなタイプの方がいる。

他だと芸能人みたい人ばかりで現実味がないので、まず話を聞いてみたいとメールしました。

返信いただいた時には、ある程度の私の話はメールしていたので、断られることも覚悟していましたし、若しくは年上の方になることも想定していました。

メールを見た時には、若くて素敵な女性も大丈夫です。一度話をしたいのでという事で、私の都合に合わせて連絡いただきました。

深沢さん(注:当サイト運営代表者)から、連絡いただいた時には、本当に親身になって話をしていただき、自分は他の会社の被害の話ばかりも気になっていましたが、深沢さんのところは流れがしっかり整って、フィリピンの事を知り尽くし、知識がすごいので間違いないと安心しました。

話もしっかり聞いてくれるし、深沢さん自身がフィリピンの方と結婚しているので、私の中で納得して、お願いしました。

その後、深沢さんと打ち合わせをしながら、フィリピンに渡航する日程、自分がいいと思う女性などを伝えました。

深沢さんはフィリピンを知り尽くしているので、渡航までの準備など完璧な状態で行けました!

正直、ここからは毎日楽しい時間にしか感じなかったです。毎日HPを見ては、この人もいいなぁとなり、深沢さんに連絡してはお願いしてました。深沢さんも大変だったかと思います(笑)

私のプロフィールを見て女性に判断頂いてたので、自分が一番に希望していた女性から、返信のメールが来た時には、本当に今までの曇っていた心が一気に晴れました。

また、事前に女性のプロフィールを暗記して行ったので、現地で女性と対面した時には、皆さんの名前がわかる状態でした。

素敵な方ばかりで悩みに悩みました。10名を超えてしまいましたが(笑)

フィリピンの治安状況などは事前に深沢さんから聞いていましたが、現地スタッフの方がとても親切、楽しい、カバンなどにも気を使ってくれて、本当に助かりました。

自分の場合は、初日のお見合いで行く前から希望していた女性と結ばれることができましたので、スタッフの方がその後のお店やスポットなど丁寧に案内してくれました。

結婚式のドレスや指輪などのお店もスムーズに案内していただきました。言葉の面もしっかり通訳してくれるので、非常に楽しく、コミュニケーションを取ってくれます。非常に満足です。ずっと、友人、家族のような関係になれる絶大な信頼を持っています。

何度も言ってしまいますが、行く前から、こんな素敵な女性と結婚できるならと強い気持ちで決めていました。

彼女が一番最初にお見合い会場に入って来た時のあの笑顔は今も忘れられません。

本当に可愛いくて、優しく、無邪気な女性です。なかなか日本では出会えないと思います!

のろけてしまいますが、出会ってすぐに彼女も強い思いを持ってくれてるんだと感じました。

意思の再確認をしたかったので、「本当に日本に来れる」って聞いたら、「直ぐにでも」って言ってくれたので、今から楽しみでなりません。今はLINEを使って毎日帰国後もコミュニケーション取っています。

彼女の日本語を少しずつ使ってくれてるところが本当に可愛いくて、楽しいです。

私は正直、彼女のような素敵な女性と結婚できるとは思いませんでした。でも、こんな夢のような人生が待っているとは、人生諦めなくて本当に良かったです。

これからは子供もハーフになるので、楽しみばかりで、自分は可愛い女の子が欲しいです。

私は44歳で、彼女は23歳、本当に心から彼女が大好きです。絶対に幸せにします‼︎」

E様、前回の下記の当日のお便りに加え、トータルの過程を振り返った素晴らしい体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

宮城県のE様(45才)がお寄せ下さったお便りです。

深沢様

いつも、お世話になっております。
本日、Kさんに決まりました!
彼女からの愛情を深く感じ、私も彼女の純粋で清楚なところにとても魅力を感じ、Kさんは泣いて喜んでくれました。
私も涙を堪えるのに必死でした。
深沢様には、改めて感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。
感謝しきれません。

E

E様、素晴らしいコメントをお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

三重県のT.K様(60才)がお寄せ下さったコメントです。

 

「お世話になります。フィリピンに来て、Mさん(注:写真右)という善き人と出会うことができました。本当に感謝申し上げます。

深沢さん(注:当サイト運営代表者)の会社を選ぶ前に、いくつかの会社のサイトを見たりメールで問い合わせたりしましたが、モデルのような女性の写真ばかりで首をかしげたくなるような会社や、メールに即応しないサイトには信頼性が感じられませんでした。

私のメールに対してすぐ深沢さんからお電話をいただき、その熱心な語り口で他社と比べて自社の優位性を強調されたので、深沢さんにお願いすることにしました。

マニラでは、現地のスタッフの女性にしっかりサポートしていただきましたので、助かりました。

お会いしたのは真面目なフィリピン人女性ばかりで、こうした出会いをセッティングされた深沢さんと現地スタッフに感謝しています。」

T.K様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

岐阜県のH.Y様(61才)がお寄せ下さったコメントです。

 

「Kさん(注:結婚を決めた女性。写真左)に巡り合わせていただき、本当に有難うございました、これで人生を悔いなく生きられそうです。一日でも長く一緒にいたいから、色々な面で頑張りたいです。

次回、渡航予定として、今まであまり長く休みを取ったことがないので、今回は7日間休むことにしました。(有休も40日残っていますので)

少しでも彼女と長くいたいのもあります。

まるで若い子が言うようなこと言って、さぞかしお笑いのことと推察します。

私は、Kさんに出会ったことは、運命ではないかと思っています。

今まで、他の結婚紹介所にも登録したこともありましたが、お金だけ使って良い出会いはありませんでした。

今回は、Kさんという理想の女性に巡り合うことができました。(Kさんが随分若いから少しとまどいましたが)

Kさんを一目見たときから私の心は年甲斐もなくときめきました。

そして、2回目に合ったとき確信しました、この子は運命の人だと。(私一人が勝手に思っているのですが)

日本人妻と離婚してから、これまで本当に何もいいことがなかった人生、いっそ死にたいと思ったこともありました。

でもKさんに出会って、本当に生きていてよかったです。

深沢さん(注:当サイト運営代表者)には、出会いの場を作っていただき感謝申し上げます。」

H.Y様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

愛知県のS.H様(54才)がお寄せくださった体験談です。 (^^)v

 

1)お見合い

「アジアの女性の方と結婚するのは日本の女性に相手にされない男性と言うイメージがあるかもしれませんが、僕は、日本の女性と結婚しようと思えばできる経済的余裕やステータスはある地位だと思います。

ただ離婚歴やクリスチャンと言うと、日本の女性は最初から何か色眼鏡で見られてしまう場合もありますし、教会に来られるフィリピンの女性の芯の強さと優しさに惹かれたところで、このサイトに出会いました。

深沢様(注:当サイト運営代表者)のお人柄から、この方なら大丈夫と思いました。もちろん、他のサイトとも比較しましたが、自然体でしたし、こちらかの疑問も丁寧に答えてくださいました。

現地女性との無料メール交換サービスを通じてメッセージをやり取りさせて頂いているうちに、何となく、向こうの女性の僕への愛情がわかる気がしました。

僕の選んだ女性は、まめに僕のメッセージに返事をくださって、真剣さが伝わってきました。

現地に着く前から、深沢様とのやり取りで心配はなかったのですが、ちゃんと意中の女性は現れました(笑)。サクラは、いないなぁと実感しました。

彼女を選んだのは、5人来るはずの女性が、現地で、事情により3人になりましたが、その3人は、まめに連絡をしてくださった方でした。

選ぶ、選ばれるとなると真剣と緊張が交錯しますが、彼女を選んだのは、僕を気に入ってくれたこと、そしてメールにあった通りのことを話してくださったこと、ご自分の家族を大切に思われていること。これは全員そうでした。

そして、とてもキュートでした。後、彼女の職業が普通だったことです。他のお二人も、とても良い方で、選ぶことが悪いことをしているように思ってしまうほどでした。(僕が選ばれるかは別ですが 汗)

また、スタッフさんもとても良い方ばかりで、滞在に全く心配はありませんでした。とても、気持ちの良い滞在でした。」

2)書類提出、結婚式

「先回、私はお見合いのための渡航を致しました。その後、未来の妻とは、SkypeやMessengerで連絡をほぼ毎日とりあっていました。

今回は、2回目の渡航です。

1日目は、婚姻要件具備証明書の申請が目的なので、かなりナーバスになってました。マニラ空港着後、先回と同じように頼りになるスタッフさんと未来の妻が出迎えに来てくれました。

そこから、直接、在フィリピン日本国大使館に向かい、婚姻要件具備証明書を申請をしました。日本大使館というところには、他の国への渡航も含めて初めて出向くので、外務省の方の対応など厳しいのか、どうなのか、まぁ不安です。

大使館のゲートのセキュリティは厳重な上に厳重、緊張しましたが、大使館の敷地に入ると、ここは日本なんだなぁと、何となく変な感慨が・・・、入館しての手続きはとてもジェントルな職員さんに、拍子抜けするぐらいあっさりと申請終了でした。

これで、1日目の重要目的は終了です。この後は、ホテルにチェックイン、海側の部屋で素敵な眺めです。(注:お客様は自費でホテルをアップグレードされ、変更されました)

モールに行って結婚指輪、彼女の靴、結婚に必要な小物などを購入後、スタッフさんと夕食をとって、彼女と部屋に戻り、会話後、就寝です。

2日目は、婚姻要件具備証明書の受領が午後になりますので、午前中は、ホテルの部屋で、彼女と会話、お互いの考えや国の違いを確認しあったりしました。

その後、スタッフさんに、お出迎えして頂き、昼食をとりがてら、大使館に出向き婚姻要件具備証明書を問題なく受領しました。

ショッピングモールでフィリピンで結婚を申請するための書類の作成をスタッフさんにアドバイス頂きながら作成、これが結構時間がかかりますが、簡単です。

後は、ショッピングモールで、彼女のウエディングドレスや招待状などの購入に時間をあてました。女性にとっては、ウエディングドレスは結婚式に大変大切なものですから、彼女が満足できるものを探したい一心でした。

購入が終わるのが遅くなったので、ショッピングモール内のディンタイフォンで食事しました。日本と同じ味で安心して食べていましたが、彼女はお箸が使えないので、悪いことしたなぁと反省ですね。

3日目です。この日は、午前中に遠方からおみえになる彼女のご家族をスタッフさんとともにお迎えしてから、ご家族の宿泊されるホテルにチェックイン後に、昼食をとりつつ、オーシャンパークに行きました。この道中の間、常にボディーガードとして、ドライバーさんが気を利かしてくださって、本当に安心できました。

ご家族はとてもフレンドリーな方たちばかりです。オーシャンパークで十分楽しんでいただいた後、ご家族の宿泊されるホテルで、歓談させていただく機会を持ちましたので歓談後、自分たちのホテルに戻り就寝しました。

あっという間に、4日目です。婚約したんだなぁという嬉しい思いと、彼女とのしばしの別れの辛さが、並行しますが帰国、全行程は、頼りになるスタッフさんばかりで、本当に安心です。時間にも、とても正確で、感謝の気持ちが絶えません。

帰国後は、感慨にふけりながら、次の結婚式へと思いは移ります。今回思ったのは、婚約に関わる手続きは、大使館というと私のような小心者は腰が引けましたが、ある意味、日本のお役所で書類を発行して頂く感覚で良いと思います。

さて、その後は、またSkypeやMessengerで彼女と連絡をとりながら、3回目の渡航です。

今回は、楽しみな結婚式です。私は、バツなので、同居している娘と渡航です。前回、前々回と変わらず、頼りになるスタッフさんのお出迎えで始まります。

1日目は、娘と婚約者の希望で、ホテルにチェックイン後、ベニスグランドキャナルモールへ向かいます。ここはベニスのような作りのショッピングモールで、建物は東京ディズニーシーのような感じで、周りも国際的な感じがしました。

夕食をスタッフさんと一緒に、娘の希望で、フィリピン料理をラ・フェスタでとりました。伝統的なフィリピン料理から、ストリートフードまであって、娘も僕も、トライしてみました。

となりで、フィリピーノのご家族が誕生日パーティーを開かれていましたが、とにかく陽気で、見ているだけで楽しかったです。

その後は、いつも泊まっているホテルで、娘と私たちは宿泊です。今回、私たちの部屋は、彼女のご家族が結婚式の日に訪れるので、コーナースイートにしました。(注:お客様は自費でホテルをアップグレードされ、変更されました)

とても広い部屋ですが、快適ですね。エグゼクティブラウンジにも自由に入れるので、朝食もそこでとったり、チェックアウトもそこで、できました。

就寝前に、彼女のご家族、ご親類がお泊りのホテルに招いていただき、娘ともども、歓待を受けて、前回、ご家族とお会いした時もそうでしたが、フィリピン伝統の挨拶を娘とさせて頂いてから、ご挨拶も兼ねて歓談です。

長旅の後、お疲れのところでしょうが、本当に皆さんフレンドリーで礼儀正しい方ばかりで安心しました。娘も緊張しながら話に参加してました。

2日目は、メインイベントの結婚式です。朝から、彼女はドレスアップ、メイクアップです。僕と娘は出発まで朝食をとったり、割とのんびりさせて頂きました。

着飾った花嫁は、とても美しくて言葉になりません。ご家族、ご親類とともに式場へ、慣れないことに戸惑いながら終始楽しい雰囲気で流れていきます。

式場は、こちらのサイトの結婚するコースに予め用意して頂いたところですが、ローマ法皇も訪れた中国料理店で、料理は美味しく、余程の大人数でなければお薦めです。

結婚の誓いの時は緊張しました。また、ご家族の挨拶の際、お母様とご姉妹が泣かれているのを見て、僕は、彼女を幸せにしなければならないと心に誓いました。

式が終わった後は、私と妻と娘は、ホテルに戻り仮眠後、スタッフさんと一緒に、マカティ市にあるレストランに行きました。マカティ市は日本のようで、ここに住みたいなぁなどと思ってしまいました。

ブラックバードと言うレストランで、こちらのサイトの運営者である方に紹介して頂いたお店ですが、味や雰囲気も申し分なく、席も良い場所で、妻にも娘にも気に入ってもらえたと思います。

ホテルに戻り、日本で婚姻するという山場はあるわけですが、まずは、二人で、妻と改めて結婚した幸せをともに話し合いました。

3日目は、娘は帰国します。面白いスタッフさんにお迎えに来て頂けたそうで、空港まで安全面含めて問題なく到着後、チェックインして、無事帰国しました。

私と妻は、早朝より、ヴィラ・エスクデロ・プランテーション&リゾートに向かいます。ここで一番は、滝が流れ落ちる清流でいただくランチで、滝壺に設けられたテーブルで、足元を水に浸しながらフィリピンの伝統料理が楽しめます。

妻も大喜びでした。夕方、ホテルに戻って、スタッフさんと、ホテル内のレストランでディナーを頂き、その後は楽しい疲れで就寝です。充実した一日でした。

この時も、常にボディーガードとして、ドライバーさんが気を利かしてくださって、本当に安心できました。彼は、必ず私の後ろから付いてきてくださって、トイレも外で必ず待つという徹底ぶりです。このサービスのマネージャさんの従業員教育にも感心しました。

4日目は、帰国日です。結婚したのに一緒に帰れないとは、実際寂しいですが、そう思う中、結婚するまではフィリピンに毎月来るからね、と妻と約束して、空港内へ。言うまでもありませんが、今回も全行程、頼りになるスタッフさんがずっと一緒でした。

さて、これから、妻を入国させる山場が待つわけですが、頑張ります!!」

3)在留資格認定証明書取得、ビザ取得、来日

「こんにちは。私は、今、妻と一緒に幸せに暮らしています。とても幸せです。

話は、5ヶ月前、4月に遡ります。私は、結婚式後、帰国してすぐに、地元の区役所に婚姻届を提出しに行きました。

その後は、在留資格認定証明書の交付にあたって入国管理局に、資料を届けます。

この資料の作成は、素人では、手に負えない(できないことはないでしょうが。。。)と感じたので、深沢様(注:当サイト運営代表者)のご紹介の行政書士さんに依頼させて頂きました。

入管に資料を提出しに行ったのですが、とても沢山の人がおられて、大体2ヶ月かかりますと言われました。

5月には、妻が来日できるまでは、月に一度、フィリピンを訪れるという妻との約束を守るために、4回目の渡航を致しました。スタッフさんは、くどいようですが、いつもしっかりと対応していただいてありがたい限りです。今回は、フィリピンの史跡巡り中心の渡航となりました。

今までは、結婚に向けての準備と挙式で手一杯で、フィリピンの観光らしい観光はしていなかったので、今回は、旅行者として楽しもうと思ったのです。史跡のイントラムロスは、聖堂もあって、厳かな雰囲気で行っておいてもよいと思います。

6月には、娘と一緒に渡航して、今回は、日本で言うところの秋葉原のようなところを案内してもらいました。妻と娘も徐々に打ち解けて仲良くなってきて、一安心です。ショッピングは、店員さんがゲイの方が多くて、興味深かったです。

妻と私は、スカイプでは毎日話しをしているのですが、やはり会うのが一番お互いの愛情が通じ合って安心できるひとときを過ごせます。

7月は、妻の新しいパスポートが発行されたので、妻の夢だったという、異国に行くこととしました。フィリピンの方がビザ無しで行くことのできる国は、アジア方面では、香港、シンガポール等々あるのですが、ディズニーランドに連れて行きたかったので、香港にしました。香港行きも、深沢様にご依頼して、何も不自由なく楽しめましたよ。

空港では、妻も初めての海外ということで緊張していましたが、多少インタビューらしきものがあるものの、スムーズに発着できました。香港は、妻にとっては、初めての外国で、とても洗練されていると思ったそうです。二人きりの旅行ですから、まぁ、これが新婚旅行のようなものなので、目一杯楽しんできました。

8月は、渡航する予定でしたが、妻の在留資格認定証明書が発行されて(2ヶ月ほどかかると言うことは、最初に書いたのですが、少し延びて、3か月かかるというので、まぁとても心配していましたが、突然配達されました)妻のパスポートをビザの申請のために、日本大使館に提出していたのをうっかり忘れて、シンガポールに行こうとして、大失敗してしまって、中止となりました。

妻を落胆させてしまって残念ですが、今は、ビザが発行されるのをひたすら待つことに専念しようと自分で自分を納得させました。

9月、一週間ほどで発行されるはずのビザが、なかなか発行されません。いろいろな噂などが錯綜して、実際のところ精神的に結構追い詰められました。妻の出生証明が遅延していたので遅れたようですが、真相はわかりません。

もう、妻は来日できないのかなぁと諦めてしまいそうでした。この間、妻ともめたりしましたが、こういうことがあると愛情もお互い深まっていくことと思います(二人共、9月が誕生日で、一緒にお祝いできるねぇと楽しみにしていたこともあります。。。結果的にぎりぎり間に合って、来日した日が妻の誕生日でした)ので、ここは良い機会だと前向きに捉えることとしました。

妻も、私も決して諦めないから、あなたも諦めないでと言ってくれました。深沢様のアドバイスもありがたかったです。焦ると短絡的に考えがちなのですが、深沢様に諭して頂きました。

とりあえず、9月は無理かなぁと思っていたところ、妻から連絡がありまして、ビザが発行されたと連絡があったので、すぐに、娘と迎えに行きました。今までお世話になった、スタッフさんは、最後までとても親切に対応してくださって、本当に感謝です。

私自身は、仕事で、まだフィリピンに行く機会がありますから、そのときは、また、深沢様にご依頼しようと思っています、何より安全です。フィリピンも慣れてくると、なんとなくですが、油断しそうになるのですが、こういうときが一番危ない気がします。ですから、スタッフさんは絶対おられたほうが良いです。後は、深沢さんは、急なときでも必ず連絡をつけてくれますから、本当に安心です。

日本の空港について、入国して荷物を受け取って、はじめて、妻に「Welcome to Japan」と言いました。感無量ですね。次の週に、区役所に行きまして転入届を出して、その後、被扶養者として保険手続きを行って、医療に対しても心配ないようにして、今に至ります。

来日してからは、妻がホームシックにならないように、USJやF1など、日本でしか見られないものを見てもらいながら、カトリック教会に行って、タガログ語のミサに一緒に参加したり、知人のフィリピン人に紹介したりしています。

それでも、やはり、自分の生まれ育った国が一番ですから、寂しそうなときもあります。そういうときは、愛情を持って、自分がある日から、急に異国で暮らすようになったら、どれだけ不安なのかを考えてみてくださいね。

私どもの生活は、スタートしたばかりです、お互いに慈しみ合って、どんなときも助け合って行きたいです。皆さんも幸せになってくださいね。

追記:

とりあえず、次のお休みは、沖縄に行って、娘とも一緒にクリスマスのディズニーランドに行ってきます。フィリピンにも行きたいなぁ(日本はセコセコしすぎて時に疲れます)、スタッフさんにも会いたいなぁ。」

S.H様、素晴らしい文章の体験談をお寄せくださりまして、本当にありがとうございました。m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m

 

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